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家出少女 ross1

第1話:捨てられた女

小さい頃から愛情というものに飢えていた。

ナニが枯渇していたのか、今となっては持って生まれた性格のせいかとも思うが、真相は薮の中。
どこをどう育ってきたらこんな人間に育つのかと、自分でも不思議でならない。

どうでもいいことなんだけど。
もうすでに側にいない人間など、私には意味も持たず、日々を流れる「風」にしか感じない。
親兄弟であろうとも。

――次発/急行――

あっ、そうそう。
そうゆう感じ。

都心から郊外へ流れるローカル線に乗り込み、携帯電話を取り出してメールボックスをチェックする。

座って帰りたいからって、1駅で折返す電車に乗るなんてセコイけど、そのセコさだって私の一部だ。

夕方受取ったテツヤからのメールをぼんやりと眺めている。

今日は無理。
来週水曜以降で。

短いメールだ。
長い文章を打つ気がないのは昔からで、どうせ身体オンリーの関係なんだから、それ以上を求める気なんてサラサラないのだけど。

いや、ないのか?私。

不思議と淋しい気分になってしまうのは車窓を流れる明かりの間隔が思いのほか開いていたり、隣近所に腰掛ける乗客の表情が今にも自殺を図りそうなくらい疲れて澱んでいるからだろうか。

こんな風に疲れながら帰るのも悪くないと思うのは、みんなどこかしら自分に似ているからだろうと考えてみたりして、シートの端に座って手すりに肘を付くのだ。

今日は無理。
来週水曜以降で。

随分勝手な内容だ、今日にして欲しいと月曜の昼間にメールをよこしたのはテツヤなのに。

2週間セックスしていない。
もう随分と雨があたたかい。

こんな欲望そそる季節にこんな疲れた人々と、自分と、ボロいローカル電車。
たまらずに私は半袖のパーカーのポケットからヘッドホンコードのグルグルと巻かれたアイポッドを取り出した。

初期型だから、ハードディスクみたいにデカくて重い。
こんなの持ってるヤツなんて、この電車の中、私以外にいなさそうなんだけど、そういう「おれまだ頑張れるから」みたいに訴えかけてくる傷だらけになった真鍮の背面が、触れた温度にギャップを感じさせる。

『俺まだ頑張れるよ』

そう言ったのはテツヤだった。
乾いた晴れ間を見せる6月。明け方の横断歩道で、私の手を振りほどいて彼女の元へ駆け出したテツヤの言葉だった。

6月に乾いた空、五月晴れなんて珍しいから、忘れようとしても忘れられない。
忘れられないのは天候のせいなんかじゃないことは分かってるんだけど。

テツヤに彼女がいたことは、随分と前から分かっていた。
『こんなイイ男に、彼女がいないわけがない』と、そんな風にだれもが口を揃えて誉めるテツヤを、白々しい目で見ていたのは私だけだった。

イイ男なもんか、
バカにしやがって。

影みたいな私の身体を捌け口にしていたのはどこのイイ男だ。
いっそ、ゴムなしで射精させて子供でも作ってしまえば、私の気持ちはスカッとするんだろうか。

私はアイポッドのボリュームを上げてデビッドボウイのレイディ・スターダストという曲を聞いた。
この曲を夜通し口ずさみながら、電車に乗っていたかった。
握りしめたままのケータイが、私に寄り添っているみたいだった。
物悲しくもあり、爽快感さえもあり、それでいて一切の風情を脱ぎ払ったような死んだディスプレイに映り流れるネオンが、星屑みたいで素敵なんだろうか。

26才という年になって、3才年下のバンドマンを好きになったが、その気持ちはみるみるウチに恋愛から嫉妬へ変化し、やがて老婆心に変わり、挙げ句の果てには快楽の道具でしかなくなったが、こんなふうにツラツラとテツヤの事を考えていること自体、私にはまだ彼への執着心がまとわりついているのだ。

「自分はきっとどこかオカシイんだろう」と思う。
そんな風に思うのは「かわいそう」かもしれないけれど。

こんな自分はキモチワルイな。
きっとセックスの途中でウソをついて、ナイショで子供を作っても、テツヤは私のモトに留まらない。
それに気付いたからセックスオンリーな関係を選んだんだった。

と、いつも考えては帽子を深くかぶって涙を隠すのだ。


その夜は、突然だった。

さして混んでもいない車内で、適度に隙間を開けて座っていた隣人の間に突然座り込んできた男が、私の手を握ってきた。

「わかるよ」

私は男の一言に咽から込み上げる熱い空気の固まりを嗚咽に変える。

「ずっと泣いてたんでしょ?」

なんだこいつ。

はじめに私が思った感想は、コ汚い格好をして、いかにも裏方っぽい女の手を突然握りしめるキモい男への不信感だったのに、手のひらに伝わる心地よい温度と湿度は、私の心にフィットした。

心なんて曖昧なものを「これ」と定義付けるなら、緩くパーマのかかった無精髭の男の体温が、今の私にとっての「こころ」かもしれないと、その時の私は本気でそう思った。

その日、私は自宅最寄駅から6つの駅を通り過ぎた街で、その男とセックスした。

田舎から出てきて3年ほどしか経っていない私に、知り合いがいるはずもないから、わざわざ自分の家から離れたホテルを選ぶ必要なんてないのだけど、セコイ私には似合いの行動だろう。

私は男と身体を重ね、腰を振り合いながら泣いていた。
電車の中から泣きっぱなしだ。

なのに「恥ずかしい」というキモチを持つほか、今の自分が冷静でいられる術がなかった。

私の中でテツヤが弱音を吐いて、彼女を罵倒し、俺の事を底から分かってくれるのはお前だけだ、そう言ったテツヤを大切に抱きしめながら、見ず知らずの男とセックスしている。

悲しいのか、2週間振りのセックスで気持ちが解放されたのか、涙が止まらない。
ヒダを剥かれて丸出しになったクリトリスを執拗に刺激されて、悲鳴を上げながら力つきた。

力尽きた私のアソコに、今度はペニスが入ってくる。
私の両足を高らかに持ち上げて、男は打ち付ける。

ああ
キモチイイ


朝、ホテルで目が覚めて、バラバラにぶちまけられた私の鞄と、空になった財布が男の代わりに隣で眠っていた。

セコイな

自分も、男も、テツヤも、昨日の電車も。
もう涙もナニも出ない。

ペニスとクリトリスは、赤ちゃんが母親のお腹にいる時に形状を変えて性別が別れるのだけど、どちらも最初は同じものなんだって。

私のクリトリスが、ペニスだったら良かったのに。



(cross 第1話おわり/第2話につづく)

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