« 家出少女 水中苦行Lady12   ラン編 9 | トップページ | 家出少女 シャンパンと一本の薔薇 2 »

家出少女 シャンパンと一本の薔薇 1

第1話:別れ話

もう…終わりなんだあ…。
美月は全裸のままぼんやりと考えていた。快楽の後のけだるさであまり頭は回らなかったが、彼がいる浴室の音だけはやけに鮮明に聞こえていた。

「どうしても…由美が本命なんだ。お前は選んでやれない。それでも付き合うんだったら…セフレとしてだ。」

彼、柏木章吾は彼女がいることを知られた時、こう断言した。それでも好きだったから、美月は関係を続けていた。だから、本命で遠距離恋愛中の由美が妊娠するまで、現実を見てはいなかった。けれども今日、彼が婚約したと聞いたとき、覚悟を決めなければならないことを知った。

「もう、会いに来てくれないんですか?」

美月は頭を拭きながらベッドに戻ってきた章吾に聞いた。タオルの中の章吾の顔は、さっと曇ったが、すげなく答えた。

「そうだな…。異動もあったりしていろいろと忙しいし。もう一回ぐらいかな。その後は、籍入れて結婚しちまうし…さよならだな。」

近づいて来た章吾にキスをねだる。

「なんだよ。そんなに俺がいいのか?」

小さく笑いながら唇を重ねる。左手は美月を抱きかかえ、右手は乳房を揉みしだく。さくらんぼのようになった乳首を指先でくりくりと弄ばれ、美月は思わず声を漏らす…。
  
「またやらせる気か?そんなに欲しい?」

甘いため息を付いて、目をつぶったままうなずく。章吾はゆっくりと彼女をベッドへ沈み込ませ、唇を乳首に這わせた。

「はっ…あ…」

ぞくぞくっと感じて息がもれる。章吾の右手はするすると太ももに辿り着く…。

東条美月は22歳。どちらかというと恋愛には疎い方だった。地元を離れて短大に入り、恋人ができたものの、相性が合わずにすぐ別れた。そのまま就職した先で会った五歳上で上司の柏木章吾に誘われるまま寝たのだが、そこで初めての絶頂を体験したのだった。それ以来、美月は章吾に惹かれ、関係を続けていた。
「はあ…」

退社後、一駅先のお気に入りの喫茶店で美月は深いため息をついた。そこへ、ボーイが注文を聞きに来た。

「あれ?東条先輩。今日は元気ないっすね。…ご注文は?」

顔を覗き込むようにして話しかけてきたボーイは、彼女の高校時代のクラブの後輩、坂本京介だった。

「ホット。あ、アメリカンにしてちょうだいね。」

美月は背もたれに伸びをしてもたれながら言った。

「かしこまりました。」

京介は丁寧に言うと、水を置いて去って行った。高校時代は器械体操部で、1学年下の彼とは他の部員と共に総体連覇を目指した仲だった。気さくな感じの話し上手な少年で、端正な顔とスラッと伸びた手足、バランスのいい筋肉を持つ京介は女子の間でも人気者だった。練習時間にはちょっとした人だかりが出来た程だった。
先に卒業した彼女が4年後、同じ都市の大学に進学して、バイトをしている彼と偶然会ったのがこの喫茶店だった。それから約半年、困ったことや悩み事があるとついここを訪れるのが彼女の定番になっていた。
コーヒーはその日もいつもと変わりなく、適度に苦味があって、一日働いた身体にじんわりとしみ入るようだった。

「で、どうしたの?彼氏とけんかでもした?」

京介がウォーターピッチャーを持って来て、水を足しながら聞いた。

「うん…別れることになった…」
「マジで?」

京介は改めて美月の顔を正面から見た。同郷のよしみからか自然に携帯の番号を交換し、話をし合うようになっている仲だ。美月にとって彼はあくまで後輩のままだった。自分の悩み事や愚痴、将来の夢等を飽きもせず聞いてくれるので、つい捕まえては話をしている。もちろんその度に夕食を奢ったり彼の進路の相談に乗るなど、気を遣ってはいた。

「や…あの、私見栄張ってたけど…実は彼って、ちゃんとした彼じゃないんだよね…。」
「それって…何?」

京介は困惑した様子で立っている。手にしているピッチャーの露が一滴、ポタリとテーブルに落ちた。
美月はふうっとため息を付き、京介に聞いた。

「ごめん、坂本君。今日用事ない?何時上がり?」
「8時上がりで、後はフリーだけど…」
「奢るからさ、いつものバーガーショップにそのくらいの時間に来てよ。」

美月は京介に拝むように手を向け、片目をつぶった。

   
    
 
さっきから京介は黙々とハンバーガーを食べている。その正面に座った美月が、食べかけのポテトを手に眺めている。

「よく食べるね~。今日はまかないナシなの?」
「うん。ちょっと中途半端なラストだったからね。腹減ってた。」

京介はLサイズのジュースを飲み干した。

「で、さっきの話…どういう事なのさ。」

話を振られて、美月はギクリとした。そして少しポテトをかじってから、おずおずと口を開いた。

「…今まで私、『彼氏がいる』ことにしてたんだけど…じ…実は彼にとって、私は遊びで…ね。」
「?…遊び?」

京介は意外そうな顔をした。

「…私、最初の彼でトラウマが出来ちゃって、本気の恋が怖くて…でも、私の方は今の人の事を…柏木さんっていうんだけど、…好きなの。」

美月は下を向いてボソボソと喋った。

「私が最初、いい感じかな~と思ってたら誘ってくれて。彼女がいるって知った時は別れようかと思ったけど、仕事もきっちり教えてくれるし、信頼出来る人で…そのままお付き合いが続いて1年くらいなの。でも彼女が妊娠したから…元々うちの会社の名古屋本社からこっちに応援で来てた人だし、この際本社に帰って結婚することになったんだって。…だから、もう別れるの。」

美月は正直に話した。京介は真剣な顔で黙って聞いていた。その整った顔が、自分をじっと見つめていることに気が付いて、美月は一瞬、ドキッとした。

「先輩はどうなの?それでいいの?」
「いいも何も…そりゃ寂しいけど、仕方ないかなあって…」
「何かムカつくね、その人。すごく勝手な人じゃん。先輩だって…どうしてそんな男に惚れちゃうの?」
「そうなんだけど…一応ちゃんとした人で、私の事も考えてくれてて必ず避妊もしてくれるし…って、あ!」

美月は赤くなって両手で顔を覆った。

「やっぱり聞かなかったことにしてくれない?」
「無理。」

京介は少し不機嫌そうに、ふいっと窓の外を見た。ネオンが、眠らない街を演出するかのように煌いている。

「だよね…ごめん。」

美月は両手をパタンっと膝に落とし、しょんぼりして水っぽくなってしまったジュースを飲んだ。京介は向き直り、

「ま、とにかく、先輩の気持ち次第だけど、別れるんならきちんと別れなよ。泥沼になっても俺は知らないよ。」

と、ぶっきらぼうに言った。彼女はさらに小さくなって、

「…はい…。」

と答えた。それを見た京介は、流石にまずいと思ったのか、ごそごそと財布から千円札を出した。

「ごめん先輩、キツかった?…それに、食い過ぎたから半分払うよ。」
「そんな、いいのに…って、こんな時間?!」

美月は店の時計に目をやり立ち上がった。9時半だった。

「誘っといてごめん。私、明日の資料まだ準備してなくて。帰るね。」
「何?データ持ち帰りってやつ?いっけないんだ~。」
「大丈夫大丈夫。またね。」

バタバタと店を去る美月を眺めながら、京介はポテトを口にした。トレイの上には、美月が忘れて帰った千円札が空調の風に吹かれて動いている。

「…もしかして、チャンス到来?」

彼はソファにもたれ、店のスピーカーから流れるナンバーに聞き入った。

|

« 家出少女 水中苦行Lady12   ラン編 9 | トップページ | 家出少女 シャンパンと一本の薔薇 2 »