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家出少女 其レモ恋ト言ウ5

第5話:終リト始マリ

――何をしている人なの?
「教えない」
――どうして私を誘ったの?
「暇だったから」
――名前、教えて?

「内緒」
「…ケチ」

そう言って、冷たく重たい扉に背中を預け、男は煙草を吸いながら意地悪く哂(わら)った。
細川奈那子(ほそかわななこ)の問いには、何一つ答えてはくれない。
まさに「発情」という表現でしかなかった情事。
電気店の非常階段で、夕刻にはまだ遠い時間に男と抱き合った。
睦言ひとつない本当に身体だけのセックスだった。
が、こうして、事後奈那子はなんとなくその場に留まっていた。

    ☆
『どう?…変わりない?』
「うん、大丈夫よ。そっちはどう?楽しい?」
『楽しいわけない…でしょ仕事だよ?』
「うふ、そうでした」

奈那子の自宅は、中古のワンルームマンション。
そろそろ引越しを考えていたけど、いつかは彼と一緒に住むのだから暫くはこのままだ。
絨毯敷きの床に座り、ベッドに寄りかかって、彼の声に耳を傾けていた。
少しだけ遠い電話。
途切れ気味の声を聞き逃すまいと、奈那子は携帯電話を強く耳に押し当てる。
彼が居るのは、電波の入り辛い建物の中だろうか。
結局、週末に彼-飛田安彦(とびたやすひこ)-とは逢えず仕舞いだった。電話した翌日、急な出張が入ったらしい。
何でも支店の営業がインフルエンザに感染して、4人中2人がダウン。以前研修でその支店に居たことのある彼が、出向くことになったのだ。
それを聞いたとき、正直、ほっとした。
奈那子の身体に、うっすらと残る跡。それを飛田に見られたくなかった。
逢えば、求められる。
好きだから、拒まない。
でも、抱かれたくなかった。
あの男との一度だけのセックスが、今でも忘れられないからだ。
扉一枚隔てた向こうには喧騒があって。
なのに、こちら側では、まるで発情中の動物のように、あさましく交わった。
あの指が、膣(なか)で蠢いて、奈那子の一番感じる場所を探し当てて、激しく抉った。
押さえきれない声が、自分の聴覚をも刺激した。
躊躇(ためら)いなく、突き刺された肉。とても硬くて、長くて、熱かった。――物凄く興奮した。
思い出すだけで奈那子の最奥は、じわりと濡れる。
大好きな男と電話している今、このときも。

『寂しく…ない?』
「寂しいわよ。安彦さんは寂しくないの?」
『…俺も寂しい』
「だから、早く帰ってきてね。待ってるからね」
『うん、そしたらデートしよう…ね』
「うん。安彦さん?」
『ん…?何?』
「大好きよ」
『うん、俺も…大好き』

ズキンと痛んだのは良心だろうか。
言葉にしないと、いけない気がした。
確認しなければ、全てを放り出してしまいそうな、そんな予感がした。
口では「好き」と言いながら、心はあの男を求めている。
もう、気持ちは引き摺られていた。
飛田のことは、勿論好きだ。結婚の約束を今更反古にする気はない。
が、あの男にもまた逢いたいという気持ちがある。

(まるで、中毒だ)

眼に焼きついた男の顔。シニカルに哂(わら)いながら、奈那子の心と身体を愉しそうに蹂躙して、気が済んだとばかりに何処かへ行ってしまった。

『暇だから』

そんな人を莫迦にしたような理由で誘惑して、簡単について行った奈那子もまた、相当の莫迦だと思う。
それでも、あの手が欲しかったのは事実で。
強く揉まれた臀部にはまだその感触がまだ残っているようだった。
「もっと、もっとして」と強請(ねだ)ったのは奈那子の方で、淫乱と言われても否定できない。
乱暴に、きつく、男の指の跡が付くくらい。痛みが快感に変わるなんて、奈那子は知らなかったのだ。

『ナナコ…なんか、あったの?昨日も…遅かったみたいだけど』
「え?ああ、えっと、棚卸の数字が合わなくって付合せし直してるの」
『付合せ?…』
「棚卸して出した数字と、伝票の数字とを比べることよ。誤差はどうしても出るんだけど、差がでかすぎるとどっかで何か間違ってるの。その原因を調査中なのよ。心配かけてごめんなさい」
『ふう…ん、大変そうだねぇ』
(…嘘よそんなの)

奈那子は、心の中でひとりごちた。
本当は捜しているのだ、あの男を。奈那子がした質問を全部スルーしたくせに、言いたいことだけ言って、去った男を。

「最初は、突然」
「え?」
「次は偶然、そしてまた逢えたらそれは、必然だ」
「突然で、偶然で、…必然?」

何の前触れもなく、男が言った言葉を鸚鵡(おうむ)返しに、奈那子は呟いた。

「誰の言葉?そんなの全然聞いたことないわ」
「俺の。今考えた言葉。格好いいだろ?」

可笑(おか)しそうに、男が言った。

「次、出逢えたら全部教えてやるよ」

悪趣味な冗談かもしれない。気まぐれに言っただけかもしれない。
けれど奈那子は、本気にしてしまった。
だから、仕事が引けたあとその界隈を歩き回っていて、つい終電になってしまい飛田に心配されてしまったというワケだ。

長電話を終わらせて奈那子はベッドへ突っ伏した。
電話の間中ずっと疼いていた処へ、おそるおそる指を伸ばして、夜着の上からそっと、なぞる。
湿っているのが判った。そして、今度は、直接触れてみた。

(んん…ぬるぬるだ)

自慰なんて、そんなに好きじゃなかったのに。
探った指が、愛液で濡れそぼっている。
すっかり緩んだ秘部は、奈那子の指をやすやすと飲み込んだ。

(…足りない、全然、足りないよぅ)
「…ふぅ、…んん、んぅ…」

もじもじと、腰が指を含んだまま揺れた。
白くて長い綺麗な指が、体液で汚れていく。

「は、…あッ!」

奈那子の身体が、びくりと跳ねた。
偶然探り当てた、場所。
そこを圧すと、じんわり尿意があった。

「あ、う」

開きっぱなしの口。乾いた唇を舐める。
執拗に、弄った。
痺れるような不思議な感覚に支配されていく。
淫猥な水音をたてて膣をやや乱暴に犯す、指。
空いた手で、肉芽を剥いて露出させ、刺激する。
奈那子はぎゅっと目蓋を閉じて感覚だけを追った。

「ああ、あ、あッ…んん!」
(ふうん、ここがいいのか)

男の、声がする。
揶揄するように、男は言った。

「…そうよ、あ、うぅ」
(じゃあ、もっと弄ってやるよ)
「ああん!」
(やーらしいなぁアンタ。悦(よ)さそうに俺の指、しゃぶってる。きゅうきゅう、締め付けてくる…)

咽喉の奥で、哂う。

(アンタ、ホントに淫乱だな…)

幻聴だと判っていても、悔しくて、悲しくて、切なくて、虚しくて、――気持ち良くて涙がこぼれた。

     ☆

何の予定もない、休日。
奈那子はアテもなく、街を彷徨っていた。
昨日まで曇っていた空も眼が痛くなる程の晴天。
新品のワンピースとおろしたばかりのパンプス。しっかりとメイクも施した。
偶然出逢った、界隈。
ここでしか、再会できない、そんな気がしていた。だから奈那子は今日も近辺を探す。
だが、神様はそう簡単に奇跡を用意している筈もなく、慣れない靴を履いた所為で、靴擦れを両足に作ってしまった。ストッキングも、伝線している。
足元がふらついて、傷口に靴が触れた。

「…痛ぁ」
(…なんか私ボロボロ?)

   
    
 
自嘲じみた笑みが顔に貼りつく。こんなになってまで、自分はあの男に逢いたいのだ。
深い溜息をついて、あたりを見回した。

(まず、どこか座って休めるところへ行こう)

重たい足を引き摺って、奈那子は歩き出した――そのときだった。

「――なんでしょ?ズルイ!今度あたしも連れて行ってよ」
(え…?美奈子?)

よく通る声。
間違いようもない、聞きなれた声は従姉妹のそれ。
雑踏で、奈那子の眼に飛び込んできたのは、恵川美奈子(えがわみなこ)の後姿だった。
そして――。
そして、その傍らに立つ長身の、見覚えのある、男――。

「――え」

奈那子は、ゆっくりと、瞠目した。
ガツンと、後頭部をしたたか殴られたような――衝撃だった。

(どうして?!)

どうして!
何故!
そんな言葉ばかりがぐるぐると脳髄を廻っている。

(なんで、美奈子とあの男が一緒にいるの?!)

茫然と立ち尽くす奈那子の身体は、まるで凍りついたように、動かない。
声も、出ない。
連れ立って歩き出すふたりの姿から、眼が離せなかった。
その視線に気付いたように、男が振り返って――。

「おい、美奈。うしろ」
「へ?うしろって…」

振り返った美奈子が、瞠目する番だった。

「ナコちゃん!?」

満面の笑顔で、自分の傍へ駆け寄って、くる。
奈那子は、今自分がどんな表情をしているのか、判らない。

(こないで)
「ナコちゃん、ぐうぜーん!」
(来ちゃ駄目だ)
「やっだ、どうしたの?今日お休みなんだ?」
(お願い、こないで…)
「ナコちゃん?」

ごくんと無理矢理、唾を飲み込んで口を湿らせた。

「あ…の、美奈子、彼は?」

美奈子が男の方に顔を向け、再び奈那子に向き合って照れくさそうに笑う。

「前に話した人よ。無事あたしの男になりました!」
「…え?」
「タモツ、こっち来て自己紹介してよー」
「はいはい。初めまして、有坂保です――美奈のイトコさん」

そう言って、悠然と微笑んだ。青天の霹靂(へきれき)とは、このことなんだろうか。

「わ、私の、こと、知って?」
「美奈が写メ見せてくれたんで、覚えてました。本当に綺麗なお姉さんですね。以後、宜しく」

まるで何事もなかったかのように、有坂が言った。
少し頭を下げて、視線は奈那子から外さないまま、シニカルに哂う。

「いつのまに…」
(知っていたの?私を)

熱に浮かされたように、奈那子の唇が動いた。
美奈子は、従姉妹の心も知らず、言葉を続ける。

「ちょっと前かな?この前ナコちゃんと会った時はもう見せてたよ、多分。…拙(まず)かった?」

いいえ。
いいえ。

奈那子は、ふるふると首を振った。そういうことだったのか。

(中華街で見かけたのが、…突然。電気店で逢ったのが、偶然…。――そして、ここで、再会したのは、必然)

白く濁った思考でそんなことを考えていた。
あの日、既に奈那子の身元は割れていたから、この男はあんなことを言ったのだ。奈那子の掠れた声は、力なく響く。

「…なんて、必然」
「何?ナコちゃん、よく聞えなかったよ」
「ううん、なんでもない。良かった、上手くいって」
「ありがと。あ、ヤバイ。もう休み終わっちゃう。バイトに戻らないと。じゃあねナコちゃんまた連絡するよ!いこ、タモツ」
「――サヨナラ」

静かに男が-有坂保-が言った。完全な、否定の言葉だった。

「…さようなら」

あまりに小さい声が、男に届いたかは、判らない。
振り返らずに、二人は、歩いていく。
男が伸ばした手に、従姉妹の手が重なって、しっかりと握り合った。

(あの手は、最初から私のものじゃ、なかった)

奈那子は、自分の左手に視線を落した。
可愛いリングが、光っている。だんだん、手の輪郭が歪んでいく。
頬をつるりと涙が伝う。
そうか、と漸く理解をした。奈那子は中華街の夜、既に、恋に落ちていたんだと。

(好きだったのよ、でも。もうお仕舞…)

あの男は、従姉妹のものなのだ。
神様はちゃんと奇跡を用意していたのだ。こんな形で。
奈那子は、その場に立ち尽くす。
いつまでも――。

(其レモ恋ト言ウ 了)
   

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