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家出少女 シャンパンと一本の薔薇 4

第4話:5年分のキス

数日経ったある日、京介からメールが来た。『やっと提出合戦が終わったので、バイト再開します。』との事だった。
美月は京介がいなくても、よくあの店に行き、お気に入りの席に座って外を眺めながらお茶をしたり夕食を取ったりしていたのだが、今日はしばらくぶりに店内に彼の姿を見つけた。

「先輩、お久しぶり。」
京介が笑顔で水とお絞りを持って来た。

「お久しぶり。ホットね。」
「かしこまりました。」

一旦立ち去る京介の背中を、美月は以前とは違う視線で見送った。ボーイの制服に包まれたその後姿は、体操をしていたせいか姿勢が良く、広くて美しかった。

「ここんとこどうしてたの?…元気になった?」

京介がコーヒーを運んで来て聞いた。
「うん。実は引越ししたんだ。この近所だよ。この駅は特急も止まるし便利だから。」
「…へえ?荷物作ったり、物捨てたり結構大変だったんじゃないの?」

京介が隣のテーブルの食器を、慣れた手付きで盆に重ねながら聞いた。

「両親や友達に来てもらったから、案外速く済んだよ。…坂本君はテストとかどうだったの?」
「それがさー、もう大変で。ネットで文献探したり、なかったら図書館行ったりしてさ、暗記も多かったし…。でも何とか赤点は免れたよ。」

京介が心底疲れたという顔をして答えた。

「マジ、気晴らししたい。…先輩付き合ってくれる?」

美月はカップを口に近づけながら返事をした。

「いいよ。…今度は付き合うよ。…職員室でも何でも。」
「え…?」

思いがけない返事に、京介の手が止まった。

「先輩…それって…?」

美月は照れて目を逸らした。

「それとももう…時効かな?」
「ううん、そんな事ないっ。…け、継続中だよ?」

京介が美月のテーブルに勢い良く手を付き、まじまじと顔を覗き込んだ。彼女は赤くなり、

「ほら…あそこ。呼んでる…」

と、別のテーブルを指差した。客がボーイの京介に手を上げている。

「あ、はい。今行きます!」

京介は慌てて食器の乗った盆を持ち、客の方へ向かった。去り際、美月に向かって少し大きめの声で言う。

「後で電話するから!待ってて。」

周りの客がくすくすと笑った。美月は更に頬を染め、冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。

後日、京介の気晴らしと銘打って2人が出掛けた先は映画館だった。夕方の上映時間を選び、洋画のシリーズ物に見入った。その映画は、知らなかった2人の共通の好みを発見させ、会話に花が咲いた。

夕食を済ませると、京介は美月のマンションの近くまで送ってくれた。しかし2人は何となく去り難く、しばらく川べりの遊歩道を散策した。川面には暮れた街の明かりがキラキラと反射している。少し疲れて座ったベンチで、美月が口を開いた。

「ね。坂本君の恋の話、聞かせてくれる?」
「え?俺?」
「だって…私ばっかり聞いてもらってたし…坂本君にはそういうの、ないの?」

京介は両膝に肘を置き、川面を見つめて言った。

「俺は大した話ないよ?…まあ、中3で初めて彼女が出来たけど…高1の夏に振られちゃって、それからずっといないんだ。」
「え…?かなり人気あったのに…彼女作らなかったの?」
「は?人気あったっけ?」

美月は大きく頷いた。当時、自分も年下ながら彼に憧れがあった程だった。

「人気があったとかなかったとかは判らないんだけど…振られたのは、彼女と違う高校入ったからってのもあって…それに俺に好きな人が出来たからでさ…。結局1年ぐらいしてから、相手に告ったんだけど…上手く伝わらなくてそれっきり。」

「…」

「俺ね、学力的に結構一杯一杯の大学受ける事にしたからさ、それから受験勉強に打ち込んだんだ。今だって仕送りだけじゃキツイから、こうやってコンスタントにバイト入れてるしね、勉強も大変だし、…彼女は作る暇なかったかな…今までは。」
「そっかあ…」

美月も川面を見つめた。京介が得意げに指を組んで顎を乗せた。

   
    
 
「でもね、ある日バイト先で偶然見つけちゃったんだー。俺の好きだった…東条美月って人。」

美月が京介を見ると、彼も彼女を真っ直ぐに見つめていた。美月は勇気を出して口を開いた。

「坂本君が、『いらっしゃいませ』って初めて注文聞きに来てくれた時に、どうしてすぐ貴方だと判ったと思う?…背も伸びてて知らない制服着てたのに、だよ?」

実際美月は、初めて入った喫茶店で、彼女に気付いて近寄って来たボーイの京介に懐かしそうに声を掛けていた。そこから付き合いが始まったのだった。

「坂本君の声も…顔も…緊張した時に小首を傾げる癖も…全部覚えてたから判ったんだよ…私も本当は坂本君の事…好きだったみたい…」

いきなり京介が美月を抱きしめた。美月は驚いた。

「…ちょ、ちょっと何を…」
「だって先輩が!もうそれ超絶オッケーってことじゃん。俺の彼女になってよ。」
「や、そ、それはいいけど。でも、ここ外だよ?誰かに見られちゃう。」
「大丈夫大丈夫。暗いし、周り誰もいないし。魚くらいしか見てないよ。」
「さ、魚って…んんっ…」

京介が美月に口付けをした。舌が口の中に入ってくる…それを絡ませ、吸い、深く押し込む…。その動きは次第に激しくなり、彼女の秘部は熱くなって来てしまった。

「だ、ダメっ…」

美月はやっとの思いで口を離した。京介が彼女の顎に指を添え、甘えるように言う。

「だって…5年分の想いだよ…?」

とろけるような声だった。そしてまた、唇を合わせて来た。…川は静かにさやさやと流れている…。時間が止まったようだった。やがて京介の唇は、美月の首に移った。そのまま首筋を丁寧に愛撫する。

「…はっ…あ、…や、やめ…」

抵抗するも、快感に身体が従ってしまう。口で愛撫を続けながら、京介の手はするすると胸と腰を撫でる。サテンのブラウスの上から伝わるその温もりだけでも、クラクラしそうだった。

「あっ…止めて…あんっ…や…あっ…」

美月はどうしたらいいのか判らなくなった。京介はくすっと笑い、彼女から離れた。

「先輩って敏感さんだねぇ。楽しい~。」

表情はいたずらっ子の様である。美月は真っ赤になった。

「もう…そういう事は…」

言いかけた彼女の口に、京介が指を当てた。

「えへへ。またの機会にね。」

彼は口を美月の額に近づけて、今度はそこに軽くキスをした。そして立ち上がり、手を差し伸べた。

「家まで送ってくよ。」

美月のマンションの下で、京介は彼女の両手を握り、にっこりとして言った。

「じゃあまた、今度。おやすみなさい。」
「うん。…おやすみなさい。」

手を振って去って行く京介を見送りながら、美月は幸せな気持ちになった。彼とはまた、次に会うことが出来る…章吾の時のように、会う度にもうこれで終わりかもと思わなくていいのだ…彼女は微笑み、自分の部屋のキーを鞄から出した。

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